Music Video

 

Esok yang cerah(晴れ渡る明日)
Hiroaki Kato x HATAKE x HORI feat. Arina Ephipania [Remote Recording] - 2020.07.11 

Lagu ini dipersembahkan untuk semua teman dan keluarga yang sedang terpisahkan oleh jarak.
Kita menciptakan karya ini lewat online dari Jakarta, Bali dan Tokyo.
Dalam situasi yang serba tidak pasti ini
semoga kita terus bersemangat menjalani hidup dan yakin akan hadirnya esok yang cerah.

ジャカルタに住む加藤ひろあき、バリ島に住むHORI、 そして東京に住むはたけ、
お互い会えない中、インターネットでやりとりをしながらこの作品をつくりました。
離れている家族や友人たちに贈るメッセージソングです。
先がなかなか見えないこの状況の中、どうかみんなが生きることを諦めず、
晴れ渡る明日を信じていられますように。
 
Tiga H Project
(Hiroaki Kato, HATAKE, HORI)

Let's sing Esok yang cerah!!

 
Silahkan download Karaoke(Minus one) "Esok yang cerah" dari link di bawah!
Coba menyanyikan lagu ini dan upload di sosmed Anda!
Jangan lupa pakai hashtag #EsokYangCerah #TigaH ya supaya kami bisa memperkenalkan video/audio Anda di sosmed kami.
Atau silahkan kirim video/audio Anda ke email esokyangcerah@hiroakikato.com 
Selamat menikmati!

Download mp3 Karaoke Esok Yang Cerah: Download Esok Yang cerah-Karaoke.mp3
 
上記のリンクから「Esok Yang Cerah」のカラオケをダウンロードして、一緒に歌いましょう!
そして、歌ったビデオやオーディオをハッシュタグ #EsokYangCerah #TigaH を付けて、あなたのSNSにアップロード、もしくは esokyangcerah@hiroakikato.com まで送ってください。
送っていただいた作品の中からHiroaki Kato, HORI, HATAKEがそれぞれのSNSにて取り上げさせて頂きます!
皆様からの作品をお待ちしております!


Lyric Esok yang cerah

Lyric by HATAKE & Hiroaki Kato
Melody by HATAKE
 
Waktu kita sungguh berharga(貴重な私たちの時間)
Keluarga sangatlah berarti(大切な家族)
Hati kita teramat berharga(かけがえのない心)
Hidup kita sangatlah bermakna(大きな意味を持つ私たちの生命)
 
Marilah berjanji untuk tidak akan pernah menyerah(諦めずにいることを約束しよう)
 
Kita memiliki hati yang kuat(強い心で)
Untuk selalu melangkah ke depan(前を向いて進んでいこう)
Kita memiliki hati yang tegar(くじけない心で)
Dan percaya akan masa depan yang cerah(晴れ渡る明日を信じて)
 
Rumah kita tempat yang penuh kasih(温もり溢れる家)
Kampung halaman yang selalu dirindukan(思いを馳せる故郷)
Para sahabat yang kita sayangi(愛する友人たち)
Rasa cinta yang tidak akan berubah(その愛は変わることなく)
 
Mari kita berjanji untuk menyayangi dan saling menjaga(想い合い、守り合う事を約束しよう)
 
Kita memiliki hati yang kuat(強い心で)
Untuk selalu melangkah ke depan(前を向いて進んでいこう)
Kita memiliki hati yang tegar(くじけない心で)
Dan percaya akan masa depan yang cerah(晴れ渡る明日を信じて)


Esok Yang Cerah 歌詞読み方付き(カタカナ)
エソック ヤン チェラ(晴れ渡る明日)
 
Waktu kita sungguh berharga(貴重な私たちの時間)
ワクトゥ キタ スングゥ ブルハルガ
Keluarga sangatlah berarti(大切な家族)
クルアルガ サンガッラー ブルアルティ
Hati kita teramat berharga(かけがえのない心)
ハティ キタ テルアマッ ブルハルガ 
Hidup kita sangatlah bermakna(大きな意味を持つ私たちの生命)
ヒドゥップ キタ サンガッラー ブルマクナ
 
Marilah berjanji untuk tidak akan pernah menyerah(諦めずにいることを約束しよう)
マリラー ベルジャンジ ウントゥッ ティダッ アカン プルナー ムニュラー
 
Kita memiliki hati yang kuat(強い心で)
キタ メミリキ ハティ ヤン クアッ
Untuk selalu melangkah ke depan(前を向いて進んでいこう)
ウントゥッ セラル ムランカー ク ドゥパン
Kita memiliki hati yang tegar(くじけない心で)
キタ メミリキ ハティ ヤン テガール
Dan percaya akan masa depan yang cerah(晴れ渡る明日を信じて)
ダン プルチャヤ アカン マサ デパン ヤン チェラー
 
Rumah kita tempat yang penuh kasih(温もり溢れる家)
ルマ キタ テンパッ ヤン プヌー カシィ
Kampung halaman yang selalu dirindukan(思いを馳せる故郷)
カンプン ハラマン ヤン セラル ディリンドゥカーン
Para sahabat yang kita sayangi(愛する友人たち)
パラ サハバッ ヤン キタ サヤンギ
Rasa cinta yang tidak akan berubah(その愛は変わることなく)
ラサ チンタ ヤン ティダッ アカン ベルゥーバー
 
Mari kita berjanji untuk menyayangi dan saling menjaga(想い合い、守り合う事を約束しよう)
マリ キタ ベルジャンジ ウントゥッ ムニャヤンギー ダン サリン メンジャガー
 
Kita memiliki hati yang kuat(強い心で)
キタ メミリキ ハティ ヤン クアッ
Untuk selalu melangkah ke depan(前を向いて進んでいこう)
ウントゥッ セラル ムランカー ク ドゥパン
Kita memiliki hati yang tegar(くじけない心で)
キタ メミリキ ハティ ヤン テガール
Dan percaya akan masa depan yang cerah(晴れ渡る明日を信じて)
ダン プルチャヤ アカン マサ デパン ヤン チェラー
 


Chord Esok yang cerah

Download PDF Chord Esok Yang Cerah:  Esok yang cerah chord.pdf
 

What is Esok Yang Cerah Project? What is Tiga H?

 
Hiroaki Kato Kolaborasi Dengan Gitaris Legendaris Band Rock asal Jepang Sharam-Q  ( シャ乱Q )  dalam proyek “Tiga H”
 
Musisi asal Jepang, Hiroaki Kato yang menetap di Indonesia berkolaborasi secara online dengan gitaris legendaris band rock asal Jepang yakni Sharam-Q ( シャ乱Q ) . Kolaborasi ini dilakukan dengan meluncurkan music video lagu baru yang berjudul “ Esok yang cerah “ atau dalam bahasa Jepangnya “ 晴れ渡る明日 “ ( Harewataru ashita ). Hatake ( gitaris sharam-Q ) merupakan gitaris yang telah berkarya di dunia music sejak 1988 dan telah merilis sekitar 10 album bersama band-nya. Bukan hanya itu, Hiroaki Kato juga mengajak istri tercinta, Arina Ephipania ( vokalis band Mocca ) untuk bernyanyi bersama secara “remote recording” dalam projek “Tiga H”. Music video dari lagu kolaborasi ini digarap oleh sahabat Hiro asal Jepang yang menetap di Bali, yakni Hori ( CEO PT One Foot Konsultasi ).
 
“ Awalnya Hatake san ingin membuat lagu untuk orang Indonesia karena dia tiap tahun 3-4 kali datang ke Indonesia khususnya daerah Bali. Dia sempat menerjemahkan lagu ini akan tetapi hasil terjemahannya seperti buku pelajaran sekolah aja kata teman – temannya. Sehingga Hori san memperkenalkan saya ke Hatake san untuk berkolaborasi, akhirnya saya menerima projek ini dan mengajak istri untuk bernyanyi bersama. Jalan hidup ini benar – benar tak terduga ya, tiba – tiba saya bisa kolaborasi dengan gitaris legendaris Jepang yang sejak kecil saya sering tonton di TV ! “ cerita Hiro kepada awak media.
 
“Dampak dari covid-19, banyak orang yang kehilangan pekerjaannya dan dirumahkan. Sebagai musisi yang dapat saya lakukan adalah menghibur teman-teman yang kesusahan di Indonesia dengan membuat lagu penyemangat dalam Bahasa Indonesia”, ujar Hatake.
 
Kolaborasi yang hanya dilakukan melalui internet dari Tokyo, Bali dan Jakarta ini dinamakan projek “Tiga H “ yang berasal dari nama 3 orang ( Hiroaki Kato x Hatake x Hori ). Konsep music video yang mencerminkan kehidupan dalam slide show foto ini telah diliris pada Sabtu, 11 Juli 2020 jam 19.00 ( waktu Jakarta ), jam 20.00 ( waktu Bali ), dan jam 22.00 ( waktu Jepang ) dan bisa dilihat di channel Youtube Hiroaki Kato.  
 
“Lagu ini dipersembahkan untuk semua teman dan keluarga yang sedang terpisahkan oleh jarak. Kita menciptakan karya ini lewat online dari Jakarta, Bali dan Tokyo. Dalam situasi yang serba tidak pasti ini semoga kita terus bersemangat menjalani hidup dan yakin akan hadirnya esok yang cerah “ tutup Hiro.
 
Tanggal rilis : Sabtu, 11 Juli 2020
Youtube : https://www.youtube.com/watch?v=tPbRRvSCJc8
 
Social Media
◾️Hatake (Sharam-Q)
Twitter: https://twitter.com/hatake
Instagram: https://www.instagram.com/hatake.japan
http://www.up-front-agency.co.jp/sharam-q/
 
◾️Hiroaki Kato
Twitter: https://twitter.com/hiroakikato39
Instagram: https://www.instagram.com/hiroakikato39
http://hiroakikato.com/
 
◾️Arina Ephipania (MOCCA)
Twitter : https://twitter.com/arinaephipania
Instagram: https://www.instagram.com/ephipania
http://mymocca.com/
 
◾️Hori
Twitter: https://twitter.com/HORI_BALI
Instagram: https://instagram.com/hori_bali
https://bali-no-mikata.com/

Liner Notes by HATAKE/はたけ(シャ乱Q)

 
☆きっかけ☆
 
2015年に初めてインドネシア ・バリ島を訪れました。
 
きっかけは、数日の休暇を利用してどこかへ行きたいと思いインターネットでテキトーに選んだバケーションの地でした。
 
それから年に3〜4回のペースでインドネシア に通っています。
 
 
☆何のために☆
 
スピリチュアルにハマったわけでもなく、マリンスポーツをするでもなく、、、
 
シンプルに答えると、自分をリセットするために行くのです。
 
生まれ育った大阪で、ひたすら自由に楽しく過ごせた10代の頃。
 
インドネシア には、まさにその雰囲気が現存しているかのように感じています。
 
このニュアンスを言葉で説明するのはとても難しいのですが、"人情"と"モラル"でほとんどが成立してしまう社会が心地いいのです。
 
 
☆そして音楽活動☆
 
インドネシア ・バリ島に通っているうちに、インドネシア 人はもちろん、在住日本人、その他の国から来た人達、、、沢山の仲間ができました。中にはミュージシャンもいます。
 
ライブハウスで飛び入り演奏なんかもしました。
 
そうしているうちに、インドネシア でも音楽活動をやりたくなってきました。
 
その気持ちは、10代の頃、アマチュアバンドをやり始めた衝動ととても似ています。
 
自分がほとんど知られていない場所で、もちろん事務所やマネージャーなんていません。ワクワクするチャレンジです。
 
2019年、バリ島・サヌール の住宅街にある小さな飲食店向けの物件を見つけ、2年契約で借りました。防音工事をして、音楽制作ができるスタジオにしました。
 
2020年にかけて、現地ミュージシャンともコラボしながら、既に数曲のデモ音源を制作しました。
 
2020年2月、どういう形でリリースするかも決めないまま、その中の1曲をしっかり仕上げてMV撮影まですることにしました。
 
MV撮影の打ち合わせをして3月に一旦帰国しました。
 
 
☆そしてコロナ☆
 
4月には戻ってくるよ、とバリの仲間達に告げて帰国したのですが、新型コロナウイルスの影響で、それは叶わなくなりました。
 
当初は、日本が深刻化しているのが世界的ニュースになっていて、
遠く離れたインドネシア から仲間達が「日本は大丈夫か?」「マスクをたくさん手作りしたので送ろうか?」といったメッセージを毎日送ってくれました。
 
でも日が経つにつれて、インドネシアに もコロナの影響が目に見えてどんどんでてきました。
 
2020年5月には、日本と同様かそれ以上の深刻な事態にまでなってしまいました。
 
中でも観光業を主な収入源としてきたバリ島への影響は計り知れません。
 
大なり小なり世界的に同様の現象かもしれませんが
 
失業者がどんどん増えて、治安も少しずつ悪くなってしまう。
 
本当に心配でたまらない気持ちです。
 
 
☆今できること☆
 
2020年4月、日本政府は緊急事態宣言と共に外出自粛要請を発令しました。
 
人に会うどころか外出もできないので、何もできずに色々な心配だけで頭が一杯の毎日が続きました。
 
インドネシア の仲間達との連絡はずっと続いています。内容のほとんどは街の様子などお互いの近況報告と渡航についての情報交換です。
 
こんな時、自分に何ができるだろう?
悩む間もなく答えはでました。
 
自分は権力者でも政治家でもありません。ただのミュージシャン、、、音楽家です。
 
どんな時でも、いい音楽を届けることが自分のやれる事であり、やるべき事です。
 
 
☆曲づくり☆
 
2020年5月、インドネシア のみなさんに届けたい作品をつくり始めました。
 
バリ島では街のあちこちでアコースティックギターを弾きながら友達同士、みんなで音楽を楽しんでいるのをよく見かけます。
 
そのストリートフォークソングな感じ。そして歌詞は伝わりやすいストレートでシンプルなメッセージを目指しました。
 
僕は今のところインドネシア 語の単語、数個しか知りません。
 
シンプルな日本語を並べて、翻訳アプリで変換しながら、ようやく曲といえるものになってきました。
 
2020年6月、カタカナ感全開の下手くそなインドネシア 語でデモ音源を録音しました。
 
そしてインドネシア 語がわかる友達に聴いてもらいました。
 
「語学学校の教科書みたいな文章が並んでるだけだ」という厳しいアドバイスをもらいました。
 
なるほど、、、
 
こうなってくるともはや自分だけでこの曲を仕上げることは困難と判断し、このプロジェクトに参加してくれる同士たちを人づてにあたりはじめました。
 
インドネシア 人ミュージシャンの友達にデモ音源を聴いてもらい、歌詞を直してもらいました。やりとりはインターネット。英語で行います。
 
日本語からの英語を介してのインドネシア 語、、、少しずつのズレやギャップみたいなものが、方向性を狂わせていきます。
 
結局それもボーカル録音までやってもらったのですが、まだ歌詞として言葉遣いが堅すぎたみたいで、、、
 
何人かに聴いてもらったのですが、あまり心に響きませんでした。
 
でもまだまだ諦めません。
 
 
☆心強いみかた☆
 
バリ島在住で「バリ島旅行のみかた」を主宰するHORIくんに相談をしてみました。
 
HORIくんは、この曲をつくり始めた時から関わってくれています。
 
またまたどうやってリリースするかは決まってないまま、曲が出来上がったらスライドショー形式の動画にしたいので、街の様子、印象的な写真を撮り溜めておいてくれるようにお願いしていました。
 
「歌詞がどうしてもうまくいかなくて、、、どないしよ」
 
そしたらHORIくんはジャカルタで音楽活動をしている加藤ひろあき(Hiroaki Kato)くんに繋げられるかもしれない、と言ってくれました。
 
さすが海外在住者は決断力や行動力がすごいです。
 
加藤くんのことは、会ったことはないですが、ネットニュースや動画などで知っていました。
 
そして数日後、HORIくんからLINEグループの招待がきました。
 
"tiga H" ???謎のグループ名です。
 
HORIくんが「3人ともHがつくので」とのこと。HIROAKI,HORI,HATAKE...なるほどです。(tigaはインドネシア 語の3です)
 
 
☆曲完成☆
 
2020年6月後半、tiga H発足からものすごいスピードでプロジェクトは進んでいきます。
 
初めましての加藤くんにLINEで挨拶して、すぐLINE通話で打ち合わせして、それから加藤くんは2〜3日で歌詞を送ってくれました。
 
それを何人かの友達にみてもらいましたが、みんな口を揃えて"perfect""完璧だ"と言ってくれました。めちゃくちゃ嬉しい。
 
そうしてる間にもHORIくんからもすごく印象深い写真が続々届きます。
 
その写真をみながら曲のアレンジをどんどん進めていきます。
 
そして次の日、加藤くんから歌のファイルがメールで届きました。
 
加藤くんと加藤くんの奥さんArinaさん、それぞれが、歌ってくれたデータです。
「素晴らしい!」のひとことです。
 
早速こちらで進めているアレンジに歌を合わせてみます。
 
そして再生ボタンを押した瞬間、奇跡が起きました。
 
ミュートするのを忘れ、加藤くんが送ってくれたトラックを全部同時に再生してしまったのです。
 
なんと「めっちゃイイ!!」
 
美女と野獣、アラジンなどのディズニー主題歌を彷彿させる壮大なスケール感!
 
当初のイメージでは、男女どちらであってもソロボーカルでいくつもりでしたが、この奇跡によってツインボーカル、デュオでいくことにしました。
 
そのことを加藤くんに伝えると、、、
 
「マヂですかー?」と驚きの様子。
 
やっぱり想定してなかったようです。
 
 
それからギター録音や微調整をして、
2020年7月1日に曲がようやく完成。
同時にHORIくんのスライドショーも出来上がりました。
 
日本とバリ島とジャカルタ、、、
 
インターネットのやりとりだけ、完全リモートで、、、
 
「Esok yang cerah」完成です。
 
強く優しい心を忘れず、あきらめずに明るい未来を信じよう、という内容です。
 
突然訪れた危機的状況で、この作品が何かの役に立って、明るい未来をみなさんと一緒に迎えられる日を心待ちにしています。
 
 
2020年7月  はたけ(シャ乱Q)


Liner Notes by HIROAKI KATO/加藤ひろあき

 
20代の頃、僕は日本で、音楽でご飯を食べることを夢見て、路上、ライブハウスやショッピングモールなどでギターをかき鳴らし歌っていました。
30歳になってもレコード会社や事務所などに所属できるようなチャンスはなく、日雇いの現場仕事をし、インドネシア語を大学で教えながらも夢を諦めきれずに活動を続けていました。
 
2014年4月、加藤ひろあき31歳の春、日本で行っていた仕事を全て辞め、ジャカルタへと移住を決断しました。全ては自分の好きな音楽とエンターテインメントで人生を進めるという夢を追いかける為。
もともと、大学で専攻していたインドネシア語。
倍率が低いからと選んだ言語がまさか自分の人生をここまで大きく変えるとは思ってもみませんでしたが、留学時代に滞在したジョグジャカルタやバリで出会ったインドネシアの人々の温かさや、人生を心から楽しんでいるように見えるその生き方に心奪われたのです。
 
移住してからももちろん一筋縄ではいかず、沢山の壁にぶつかりながらも、紆余曲折を経てここインドネシアで今日も歌って、活動をしています。
有難いことにアルバムをリリースし、曲がインドネシアのヒットチャートにランクインし、様々な場所でライブをすることが出来、自分の思い描いていた形で今ご飯を食べることが出来ています。僕は諦めかけた夢をこのインドネシアで叶えるチャンスを頂いたのです。テリマカシ(インドネシア語でありがとうの意)という気持ちが心の中に常に溢れています。
 
この恩をどうやって返せばいいものかと日々考えている矢先、新型コロナウイルスがやってきました。
世界に比べて一足遅れてインドネシアにやってきたこのウイルスは他の国同様インドネシアに大きな混乱をもたらしました。
 
自分にできることはないかと非正規労働者を救済する募金を集めたり、食糧やマスクを提供したりと活動をしてきました。そんな中、以前からSNS上で交流のあったバリ島在住「バリ島旅行のみかた」を主宰するHORIさんからこんな相談を受けました。
 
「はたけさんがインドネシアの方達に向けて楽曲を制作しているのですが、話を聞いて頂けませんか?」
「え、はたけさんって、あのはたけさんですか?」
「はい、あの、はたけさんです。」
 
そして、気づけばインターネットを介して子供の頃からテレビでよく見ていたシャ乱Qのギタリスト:はたけさんと電話でお話していました。人生何が起きるかわからないですね(笑)
 
伺えば、年3〜4回のペースで訪れるほどバリ島が大好きで、現地のインドネシア人ミュージシャン達と交流やセッションをしているとのこと。そんな仲間達を励まし、好きになった国の人たちにミュージシャンとして音楽でメッセージを届けたいと。その想いは僕のこの国の人たちへの想いと通ずるものがあると感じ、すぐに一緒にやらせてくださいとお願いしました。
 
歌詞をはたけさんと相談しながら創り上げ、レコーディングには僕の妻で、インドネシアで15周年を迎えたバンドMOCCAのボーカルArina Ephipania(アリーナ・エピパニア)にも参加してもらい、その楽曲にHORIさんがバリ島の現状を伝える美しくもメッセージ性のある写真を合わせてくれました。
かくして、この新型コロナウイルスが蔓延する社会状況の中、はたけさん、HORIさん、僕、それぞれ一度も顔を
合わせることなく、インターネットでの繋がりとやりとりでこのプロジェクトは完成しました。
この楽曲と映像で少しでも大変な想いをされている方の明日を照らせたら、明日も踏ん張って生きていこうと思ってもらえたら、そう願いながら歌わせて頂きました。
 
またみんなと笑顔を交わせる、Esok yang cerah=晴れ渡る明日を信じて。
 
2020年7月
加藤ひろあき
アリーナ・エピパニア
 


Liner Notes by HORI (Ally of Bali Travel/バリ島旅行のみかた)

 
コロナウィルスという敵を目の前に、自分の、そして人間の無力さを痛感していた。
 
僕がインドネシア・バリ島で会社の長として動き出したのは一昨年の2018年。バリ島最大級のWebメディアとして、観光情報を発信し続け、より多くの人をバリ島に呼び込むこと、そしてバリ島を加速させることがミッションだった。
 
そこにコロナショックが起きた。
 
イミグレーションオフィスも閉じ、観光客は実質入国ができない状況となった。世界のニュースから「旅行」の言葉が消え、全人類が「日常」にフォーカスせざるを得ない状況になった。
 
「バリ島は観光業に依存しすぎて、リスクヘッジができてなかったんだよ。」
 
そう言ってしまえばそれで終わり。でもどこかで「こんな時だからこそ」という想いがあった。少しガタが来てるパソコンを目の前にどこか悶々とする日々だった。
 
 
そんな時期にLINEが鳴った。シャ乱Qのリーダーはたけさんからだった。「曲を作ってるからスライドショー用の写真を撮りためておいてほしい。」その一言で十分だった。
 
「これ、インドネシアのより多くの人に聞いてほしいんだけど、どうしたらいいかな?」
そういうはたけさんに僕は軽い気持ちで「Hiroaki Kato」というビッグネームを口に出した。
 
数年前、バリ島のとあるスポーツバーで、ワールドカップのTV中継ゲストとして話す彼のことを見ていた。プロジェクターで投影されたその姿はインドネシアにおける、まさに「日本代表」だった。
 
ここからの詳しいことは偉大な2人のH先輩が書いてくれていると思う。
僕はただ、このタイミングで、このプロジェクトに関われたことを嬉しく感じ、また相談してくれたはたけさん、そして小童の話にも真摯に耳を傾け、快諾してくれた加藤ひろあきさんに感謝するだけだ。
そして、バリ島の太陽の下で、1日でも早く「旅行」というキーワードがポジティブな意味で使われる日を願う。
 
あ~・・・今日もいい天気だなぁ。
 
ホリ
バリ島旅行のみかた
PT.ONE FOOT KONSULTASI